尾曳城伝説(14)

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DSC00538.jpg築城後、照光は城の本丸の鬼門(北東)にあたるところに、神社を建てました。

これが尾曳稲荷神社です。

(絵・町田左門  文・田島義利)

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コメント(2)

こんにちははじめまして
私は館林に住んでいるものです。武者野さんの記事を呼んで館林に住んでいながら知らなかったことが多く、大変ためになりました。
さて、私も館林の発展の為に意見があります。
まずは館林城再建についてです。私の意見はぜひ再建したほうがいいと思ってます。しかも綱吉の頃の館林城を。現在、本丸跡には科学館のプラネタリウムがありますが、「江戸」と「宇宙」の対比が面白いんじゃないかと。しかも、上毛モスリン跡が広大に空いているのですから。武者野さんはどうお考えでしょうか。
2つ目は、市内の神社・お寺についてです。榊原康政やお辻が眠っていた善導寺は現在移動されて別の所に立っていますが元の場所に戻すべきではないか、また尾曳神社を関東一大きく荘厳な神社へ立て直すべきだと思うんです。偉大な館林と館林城の歴史からしてあまりにも今の尾曳神社は小さすぎる!武者野さんはどう考えますか?

fujisimaさん、はじめまして。
私も館林城の再建には大賛成ですよ。
15年ほど前でしたか「市役所東広場検討委員会」確かこんな名前の委員会が出来まして、mushanoにもお声が掛かりましたが、当時は東京のマンションにいることが多く、代わりに妻に委員会に入ってもらいました。

私の意見は「場所柄からいっても館林城を再建するべき」というものでしたが、妻もいろいろと勉強し「バブルの弾けた今、館林の財政状況ではとても再建できない」との判断で、「中途半端な施設は建設せず、現状のままでイベント広場として活用するのが当面はよいのでは」という答申になりました。

ということで、市の財政が許す時期が来ればという条件付きで館林城再建の萌芽だけは残っています。
行田の忍城は「路傍の城」というタイトルで映画化が進んで(来年春封切り)おり、やはり館林歴史のメモリアルとして、館林城再建や尾曳神社の拡充はぜひとも実現したいものですね。

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このページは、mushanoが2010年8月15日 06:03に書いたブログ記事です。

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